夜空の青を微分せよ

読書感想文、映画感想文、その他、観たり聞いたりしたものの感想を書いています。

もう少しで仕事ができそうな感じだけれども

何もあと1行たりなくて集中できない。なんとゆうかちょっと工夫、人と会って話をしたりどうでも良い話をしたりして充電したい創作の話がしたい。



この世界の片隅で、を読んだ。映画ではなくて漫画の方。こうの史代さんの本は今まで結構読んでいて、ただ、この世界の片隅で、未読だった。で読んでみての感想。戦争映画とか戦中の話とかいろいろそのような評判を聞いていたけれども普通だった。普通のこうのさんのマンガだった。



こうのさんの漫画で、こっこさん、というお話と、長い道、という話が好きでそしてその好きな部分がそのまま入ってる感じ話だった。よさ、というものは、真綿で締めるような、優しい真綿に包まれながら窒息していくようなでも自分が真綿のような、そんな、生活と貧乏と、何かゆっくりしたもの。そういうのに囲まれた中での緊張と緩和の生活。そして、独特の視点から描かれる風景と空気。それが、こうの作品の良さで、で、それがとても良かったのだけれども、だからなんていうかやっぱり世間の受け入れられ方と言うものが自分には違和感&ちょっと嫌な感じ。



もっと、ただただ、純粋な日常部分、そういうところの話をただそういうものとして受け止められればなぁみたいな。



戦争を含む日常というのは、日常では無いのか。戦争の中で生きているという事は日常ではないのかもしれない。少なくともそう認識されないのかも。戦争が起こっている時期の話と言うだけでテーマ性を待つされてしまうよなぁって思う。同じように地震が起こった友達じゃ、地震が起きて避難している最中の人間そのようなものも非日常でありテーマを思ってしまうんだろう。他にもいじめにあっていたりレズビアンだったり形でやったり、うつ病の闘病記であったり、他の病気であったり、手足がなかったり、そのような普通の人と違う人間の普通の日常と言うものは、それだけでテーマ性思ってしまうのだと思う

とりとめのない日記など

なんだか誰かとどうでもいいような話をしたいけれども、話す人もいないし、ちょっとなんかいろいろ、人と話せるようなこともないのでここにとりとめもなくいろんなことを書き記していきます。今仕事中です仕事中ですけれどもなんだかうまく集中ができなくてこうして文章を打っています。お金もなく稼がないといけないので、がんばらないといけないのですが、クリエータ業というか、文章を書く仕事、で、あるために、どうにも自分のメンタルのコンディションがちゃんと仕上がらないと仕事にうつらないと言う問題があります。弱った。


家族がいて、家族と暮らしているのだけれども、人と一緒に生活すると言う事はそれだけで疲弊をする。精神が摩耗をすると言う事では無いのだけれども、人と合わせて笑ったり、話をしたり、相手の感情と膝を突き合わせていると言う事はそれだけで、自分の中の見つめるべきものが雲散霧消していく。自分の中に溜まっている澱を、外に出すことなく、中でため込むこともなく何かよくわからないとどこかに消えていってしまう。人と生活するのが忙しい。自分以外の多分普通の人間は、このように人と生活して話をしたり一緒に寝たりご飯を食べたりそういうことに対していちいち疲れたり、それによって自分のエネルギーを使ったりがしないのだろうけれども、どうにも自分はそーゆー普通の人間ではないらしく、一緒にいるだけで自分の中のエネルギーがなくなってしまう。仕事などもできない。


ただ仕事をしないといけないし、そして自分は、いろいろとこのような普通に生きていくのに不自由な精神と精神の構造の持ち主なので、どうにも普通のサラリーマンや労働者のように働いていくことができない、以前働いていたのだけれども体と心をぐずぐずに病んでしまって、それが何とかまともに動くようになるのにもう何年もかかってしまった。そのようなおかげで自分に出来る仕事と言うのはこうして文章書いたりそれに準ずるような何かものを想像する、作り上げるそのような仕事しかないのだと思う。


まあ、もうからないですけれども。


そんなこんなで、ものを作らなければならない、だけれども作るような精神状態になれない、精神とそして体のものを作るコンディションにもっていくことができない。生活をしながらものを作ることができない。なので仕事をしようと思うと、日常から離れて、何日も別の場所にこもることになる。こもり初めて最初後はただただ休む。日常の生活を送る上で疲弊してしまった体や心の部分を、とりあえず休める、休んである程度まで回復させる。ある程度まで回復してきたら、頭が勝手にものを考えるようになる。というよりもちゃんと休んで回復させないと頭でものを考えることや物事がどうなっているのかを判断すること、映画や小説漫画などの物語を見て感情が動くと言う事、そういうことさえまともにできないのだった。



感情が動くようになると、頭が勝手に物語を作り出す、物語だけではなくていろいろな創作物。生活の中で押し込めていた感情がよくわからない澱のようなものが、解凍され、次々に形をなしていく。感情が動かない状態だと仕事ができない。だからまず第一段階はクリアだけれども、この頭の中でガラガラと溢れるよくわからない不協和音を整理しないと、仕事のようなある特定の方向性を持ち構造を持ちそして依頼者がいてその依頼者の要求を満たすそのようなものは作れない。なのでまず、その不協和音をどうにかしないといけない。頭の中に沸きだしたいろいろなものに、名前をつけてやる。この名前をつけると言うのは比喩で、とりあえずそれを物語やら絵やら、企画書やら本当に何でもないただの日記やら、そのようなもので吐き出してやるということだ。そうするとその怪物みたいにギャーギャーとわめいていた何か名前のないよくわからない生き物が死んで箱詰めにされた魚みたいにおとなしくなる。



それでようやく、依頼されている仕事の仕事自身に取り掛かることができる。



ここまでの手続きを踏まないと、仕事をできるようにならない。本当に厄介な性質だと思う。自分1人だけで生活できるようになったら、また状況は変わってくるのだろうけれども。